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2008年04月07日

ルイジアナ州 の歴史

このような歴史がここにあったんですね。
本当にびっくりなことばかりです。


ルイジアナ州 (Louisiana LA) はアメリカの南部の州。 州都はバトンルージュ市、最大の都市はニューオーリンズ市である。元フランス領で、現在でも英語とフランス語を公用語とし、民法はナポレオン法典が用いられる。またルイジアナ州の行政区画としてカウンティ(郡, county)のかわりにパリッシュ(教区, parish)が用いられるのもフランス時代の影響である。

1528年にスペインの探検隊がミシシッピ川河口に到達し、1541年には別のスペイン探検隊がこの地域を横断したが、スペインは全く放置していた。1682年、フランス領カナダから南下したフランス人ロベール=カブリエ・ド・ラ・サールがこの地をルイ14世にちなんでルイジアナと命名し、1699年にはフランス人が最初の植民を行った。フランス領ルイジアナはミシシッピ川流域からカナダに至る広大な領域であるが、実際にはいくつかの交易拠点の網の目によって構成されていた。フランスは1722年フランス領ルイジアナの首府をニューオーリンズ市(フランス語ではヌーベル・オルレアン、つまり新しいオルレアン)に移した。

北米ではフレンチ・インディアン戦争と呼ばれる七年戦争の結果、フランスはカナダ植民地と(ニューオリンズ付近を除く)ミシシッピ川以東の地をイギリスに割譲し、残りのニューオーリンズ市及びミシシッピ川以西も1762年のフォンテヌブロー条約でスペインに譲渡された。なおカナダ東部沿海アカディア植民地(英名ノヴァスコシア)のフランス系住民は1755年英国王に対する忠誠表明を拒んで強制追放され、当時まだフランス領だったルイジアナに大挙して移住し、ルイジアナのフランス系人口を飛躍的に増大させた。これらフランス系住民はケイジャンと呼ばれる。スペインを支配したナポレオンは1800年にルイジアナをスペインから取り戻したが、1803年には財政上の必要などからアメリカ合衆国に売却した。ルイジアナは1762年から1800年までスペイン領だったが、この間行政官はスペイン人だったとしてもスペイン人植民者はほとんど入らず、フランス系社会が存続した。つまりルイジアナ州はフランス系植民社会としての歴史を100年以上もっていることになる。

1812年アメリカ合衆国としてのルイジアナ州が成立、1849年に州都がニューオーリンズ市からバトンルージュ市に移された。豊饒なルイジアナの大地に綿花と砂糖のプランテーションが形成され、非常に豊かな州となるが、1861年に勃発した南北戦争では南部連合に加盟して合衆国から分離、1862年には北軍に占領された。北軍占領中、州都はバトンルージュ市から戦略的に重要なニューオーリンズ市に置かれた。1868年合衆国への復帰が認められている。1901年には州内で石油が発見され、ルイジアナは一時重要な産油地帯となった。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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